大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)346号 判決 1976年1月28日

控訴人

黄甲植

右訴訟代理人

水野正信

被控訴人

株式会社富士銀行

右代表者

佐々木邦彦

右訴訟代理人

佐治良三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所も、原判決と同一の事実を認定した上、控訴人の請求を理由ないものと判断する。その理由は、左記のとおり付加訂正するほかは、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

原判決六枚目裏九行目「乙第一、第二号証」とあるつぎに、「同第六ないし第八号証、第一一号証」を加え、同行目から同一〇行目にかけて、「証人日野良春、同青山富夫」とあるのを、「原審証人青山富夫、原審及び当審証人日野良春、当審証人三上由広」とそれぞれ訂正する。

原判決理由三及び四(原判決八枚目表八行目から一〇枚目表九行目まで)を全部削り、つぎのとおり改める。

三前掲各証拠によれば、つぎの事実が認められる。

当座預金口座または普通預金口座の振込による送金手続における振込人(本件の丸紅株式会社)と仕向銀行(本件の被控訴人東京本店)の関係は、振込人が仕向銀行に振込金相当額の資金を払い込み、これを被仕向銀行(本件の被控訴人名古屋支店)における受取人(本件の豊和工業株式会社)の当座預金口座または普通預金口座への振込を依頼し、仕向銀行がこれを承諾することによつて成立する契約であり、また、仕向銀行と被仕向銀行との関係は、両銀行間の振込に関する慣行に基づき、仕向銀行が被仕向銀行に対し、被仕向銀行に存する受取人の預金口座に振込入金の依頼をするものであることが認められる。右認定事実によれば、右各契約は、いずれも委任契約であると解される。本件の如く、同一銀行の本支店間での振込は、仕向銀行、被仕向銀行ともに同一銀行であるが、この場合でも、振込取扱店が仕向店として、被振込店が被仕向店としての関係に立つことはいうまでもない。つぎに、前掲各証拠によれば、被仕向銀行と受取人の関係は、両者間になされた普通預金に関する約款(普通預金規定)があり、これにより、あらかじめ包括的に、被仕向銀行が現金、手形、小切手その他為替による振込金等の受入れを承諾し、受入れの都度当該振込金を受取人のため、その預金口座に入金し、かつ、受取人もこの入金の受入れを承諾して預金債権を成立させる意思表示をしているものであることが認められ、右契約は、委任契約と消費寄託契約の複合的契約であるということができる。

四以上二及び三の事実によれば、丸紅株式会社は、豊和工業株式会社に対する振込送金をしようとして、その当座口振込依頼の際の過誤により、当座振込依頼明細票に、受取人の氏名を「豊和工業株式会社」と記載すべきところを「豊和産業(株)」と記載し、これが被控訴人のテレツクスの仮名文字による「ホウワサンギヨウ」なる表示で通信され(口座番号その他の記載はない。)、被控訴人名古屋支店も、たまたま、同支店の預金者中に、同音の会社として「朋和産業株式会社」一社があつたため、同社を指定受取人と解し、同社の普通預金口座に入金手続をし、かつ、入金案内を発したというのである。しかして、丸紅株式会社が意図した正当な指定受取人は「豊和工業株式会社」であり、過誤によるにもせよ、振込依頼明細票に表示された受取人は「豊和産業(株)」であつて、いずれにせよ、「朋和産業株式会社」ではないのであるから、テレツクスによる仮名文字で、「ホウワサンギヨウ」と通信されたからといつて、それにより、右朋和産業株式会社が正当な指定受取人になるいわれはない。しかしながら、振込入金における受取人の特定は、振込人の指定によつてなされ、仕向店、被仕向店は委任の趣旨に則り、その指定に従つて振込入金手続を履行するが、その何人が指定受取人であるかは、客観的に表示された文言に従い合理的に判定すれば足りると解すべきところ、「ホウワサンギヨウ」なる表示は、「豊和産業」とも、はたまた「朋和産業」とも、いずれにも解する余地があり、被控訴人名古屋支店の預金者中には、豊和産業はなく、朋和産業株式会社があつたのであるから、一応は同社に対する振込と見ることができる。ところで、前認定の約款により、受取人は被仕向店の受け入れた振込金について、予めなされた包括的な承諾によりこれを受け入れ、預金債権を成立させるのであるが、右約款上の受入れ承諾の意思は、客観的にも実質上正当な受取人と指定される取引上の原因関係の存在を当然の前提としているものと解され、右正当な受取人に対してでない振込の場合にまで、預金として受け入れる意思があると認めることはできない。正常な取引通念に照らしても、当事者の通常の意思を右の如く解するのが相当であるからである。それゆえ、被控訴人名古屋支店と朋和産業株式会社との間に消費寄託契約の合意はなく、同社は控訴人主張の如き預金債権を取得するに由がない。被控訴人名古屋支店が入金手続をし、かつ、入金案内をしたからといつて、右判断を左右しない。

控訴人は、誤入金の場合は、消費寄託契約の解除あるいは錯誤による無効に基づく原状回復請求権の行使によりなされるべきところ、本件では、被控訴人のした組戻前に差押転付命令の送達があるから、控訴人に対抗できないと主張する。しかし、前認定のとおり、消費寄託契約は成立せず、朋和産業株式会社は前記預金債権を取得しなかつたのであるから、これが成立を前提とする控訴人の主張は理由がない。

以上の理由により、控訴人の請求は原判決認容の限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべく、これと同趣旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条一項によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 夏目仲次 菅本宣太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例